東海道の昔の話(63)
   亀山藩の明治維新1     愛知厚顔    2004/2/2 投稿
 

 
〔はじめに〕
 亀山藩の明治維新をテーマにした郷土史研究は、いままでにも沢山発表されている。また鈴鹿郡郷土誌や町史、市史などにも収録されているので、いまさら取りあげるのに躊躇したが、そのなかに大正年間に発行された龍渓隠史(柴田厚二郎)著、「鈴鹿郡野史」は、当時まだ存命だった維新の複数の当事者にインタビューし、正確に史実の確認をしている。私は日ごろから歴史物語としても大変面白いと思っていたので、まだ未読の方々はぜひ読んでいただきたいと願っていた。本来の記述は難解な古文だが、ここでは現代文にして概要を紹介したい。
 なお登場人物に対する感想はすべて著者の龍渓隠史であり、私〔厚顔〕ではないことをお断りします。


【維新前夜】

 亀山藩の明治維新史を語るとき、もっとも重要な人物が黒田孝富である。彼が藩の茶道に召しだされたのは弘化二年(1845)の初夏、十二歳のときだった。父の黒田富嘉治につれられて城内に上がった。
彼をみて大人たちは
  『ほお…、名は三斎と申すか、いかにも利発そうだ。
   しかし親に似て頑固な相も出ているな。しっかりお役に
   励むべし』
 父の富嘉治は藩内では親戚の小崎利英とならぶ、有名な佐幕派であった。その父は勃興しつつあった勤皇倒幕の気運を受け、藩内に広がりつつあった勤皇派藩士と、つねに激烈な論争を繰り広げていた。その論調はどんなことがあろうと絶対に自説を曲げず、相手がへとへとになるまで議論するのだった。この父から血を引く孝富は、幼少のころから激烈、大胆、直情な性格で知られていた。

 こうして藩士に登用された孝富は嘉永二年(1849)には藩物書に任じられ、さらに安政三年(1856)には藩主側近の御殿預に命じられた。彼は生涯に名前を何回も変えているが、有名なのは寛一郎の名だが、ここでは孝富で記述する。
 安政四年(1857)彼が二十五才になると藩は徒目付次席に任命した。
そして藩は彼の遊学の希望に許可を与えた。彼は勇躍して西へむかい、美作国津山や四国伊予宇和島などで造船術や科学、砲術を学んだ。
そして播磨の姫路では勤皇家の河井惣兵衛を訪問し師事を受けた。
 また京都では梅田雲浜と交流して大いに共鳴していた。

 ところが突如、安政の大獄が起こった。大老、井伊直哉は過激な論調で幕政を批判していた志士たちを逮捕し、ついぎつぎに牢獄に閉じ込めた。亀山藩主、石川総和はすでに隠居していたが、旧藩主間の情報網から
  「勤皇派の弾圧が近い」
との感触を得ていた。このまま孝富の行動を黙認し放置すれば、その禍は藩にも及ぶだろう。あわてた藩は京都に滞在していた孝富に
  『藩に急用あり至急帰国されたし』
と命令を出した。そして父の富嘉治に命じて監視させたのである。
 もしこのとき孝富が京都に滞在したままだったら、幕府の忌避に触れて刑場の露と消えていただろう。息子の監視を命ぜられた父は有名な佐幕論者だったが、家に帰ってきた息子を心ならず監視するという矛盾、その焦燥は周囲の者も言葉もないほどだったという。

 このころ亀山藩の藩政を握っていたのは家老の佐治亘理、加藤内善、名川六郎右衛門らである。いずれも現状肯定の保守派の立場を守り、勤王倒幕の世情のには実に無感覚な人々であった。
 安政四年十二月八日。京都駐在の幕府閣老の真部詮勝は、ミニ井伊大老と云われる。彼は井伊の指示どうり、京で勤王派をつぎつぎに逮捕した。安政の大獄である。その真部から亀山藩に命令がくだった。
それは逮捕した鷹司家臣、小林民部権太夫、三国大学、そして三条家臣の浮田一慧、浮田松庵、金田伊織、水戸藩士の鵜飼某など、
   「彼らを近江国甲賀郡猪ノ鼻峠から伊勢国
    四日市宿まで亀山藩にて護送せよ」
というものだった。このときは藩一番組頭の佐藤四兵衛が無事にお役を務めたが、ついで十二月末には飯田左馬、伊丹蔵八、山田勘解由や梅田雲浜、頼三樹三郎たちを護送している。また翌年二月にも入江雅楽頭、若松杢権頭、森寺因幡守、丹羽豊前守、富田織部などを亀山藩で護送した。これらの人々の何人かは死罪の宣告を受け、この年の秋に首切り浅右衛門の刀で斬に処せられた。

 かって議論したり酒を酌み交わした勤王の志士たち…。彼らが罪人となって駕籠で揺られていく。それを人伝てに聞き垣間見たりしても、ただじっと耐えているしかない。黒田孝富は胸にたぎる熱い想いを、悶々とさせるばかりだった。
 ところが同じ護送される囚人を、別の思いで見ていたのが保守派政権の家老、佐治亘理と彼の同調者たちである。彼は
  『やはり幕府、将軍の力はすごい。亀山では勤王倒幕
   の輩がはびこるのは絶対に許さんぞ』
と心の中で決めたのであった。
                       (続く)

 
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