第2編 国と民族を超えた家族

  ここはアフリカの東部ケニヤの首都ナイロビの空港です。
はるばる日本からやってきた家族が降り立ちました。市橋隆雄さん(亀山市南野町出身)と奥さんのさらさん(東京出身)です。隆雄さんは39歳さらさんは32歳、日本で生まれた2人の子どもたち(4歳と1歳)も一緒です。
これは1988年のことですからもう16年も前になります。
隆雄さんの仕事はキリスト教の牧師で宣教師と呼ばれています。外国(日本)からきた宣教師はケニヤで働いてもお金をもらうことは法律で禁止されています。現地の大学で講師もしますがそれは無料奉仕なのです。ですから家族の生活費はすべて日本の派遣した教会からの仕送りです。
奥さんのさらさんはスラムで幼稚園を開きたいと希望をもっていました。スラムとは、たいへん貧しい人たちばかりが暮らしている町のことです。外国で仕事をするのはたいへんです。すべてその国の政府の許しがいります。
さらさんたちは役所に行ってスラムの子ども達の幼稚園を開く許可をくださいと頼みました。でも役所の人はあなた達は外国人だ。スラムで幼稚園を開くのはケニヤ人の仕事だから認めませんと言いました。さらさんたちはがっかりしました。
でも役人はお金持ちの子どもたちに進んだ教育する幼稚園なら認めようと言いました。アフリカではお金持ちと貧乏な人たちは別の世界にいるくらい大きな違いなのです。
収入だって何百倍いや何千倍も違うのです。住んでいる場所、家、着ている服、仕事、子どもたちの学校だってまるで違うのです。貧しい人は一生貧しいし、その子ども達も親と同じ貧しい生活を続けるしかありません。お金持ちは家に何人もお手伝いさんを雇います。貧しい人はそこで掃除や料理をして、お金持ちからもらうお金で暮らすことができますし、その子ども達も食べていけるのです。
さらさんたちは考えました。この国は一部のお金持ちが政治をしているうちはよくならない。お金持ちの子ども達はみんなお金持ちになり将来国を治め自分達だけが良い生活を続けられる国をつくっていくだけだ。これではいつまでたっても変わらない。そんな子どもたちに幼い時から、優しい心、助け合う心を身に付けてもらおう。そうすればその子ども達が大人になり政治を握るようになったら国をもっと良く変えてくれるかもしれない。そうだ、お金持ちだけの幼稚園もいいじゃないか。

こうして幼稚園を開きました。さらさんは幼児教育の経験者ですから現地の先生達により進んだ指導方法を教えました。こうしてできたキューナ幼稚園は素晴らしい教育をしてくれる幼稚園だと評判が広がりお金持ちの親の子ども達がどんどん集まってきました。
なんと国で一番のお金持ち、大統領の孫まで通うようになりました。子ども達には幼いうちから貧しい人たちと一緒に生きること、相手を愛し尊敬し、その人たちのために何をしたらいいのかを教えるようにしています。その幼稚園は日曜には教会となって親たちもその家で働く貧しい人も一緒に集まってきます。隆雄さんは牧師ですからみんなに人の生き方を教え導き心豊かに暮らせるようお祈りをします。

隆雄さんとさらさんはアフリカで生涯をささげる覚悟でやってきました。
そこで親に捨てられたアフリカ人のふたりの赤ちゃんを自分達の家族にむかえることにしました。1人は生まれたばかりの女の子で栄養が足りず命が危ないほどやせていました。それに母親はエイズという恐い病気にかかっていたようです。
もう1人の男の子はある外国人の家の前に捨てられ寒さの中、奇跡的に助かったそうです。

ふたりとも市橋さんたちの家族にならなかったら、もうこの世にいなかったかもしれません。でも2人とも家族のひとりとして愛され、すくすく育っています。女の子はもう、さらさんより背が高くなりました。

このような仕事をしてきた市橋さん家族にたいへんな出来事が起こりました。日本の経済が悪くなり今までお金を送ってきた東京の教会がもうこれ以上ケニヤを助けることができないから宣教師を辞めて日本に帰って来いと言ってきたのです。お金を送ってくれないと市橋さんの家族は生活できません。養子にしたアフリカ人の2人を含め5人もいる子ども達を学校に通わすこともできません。隆雄さんは困って2000年の秋に日本に来て全国を巡り自分達が今までどおりケニヤで活動を続けられるよう援助してくださいと各地で講演やお願いをしました。
三重県の亀山市は人口4万人の小さなまちですが隆雄さんの出身地で昔の友達もたくさんいます。隆雄さんを覚えていた中学校の同期生が37年ぶりに何十人も集まりたちまち「市橋隆雄さんを支える会」ができました。毎年夏と冬にショッピングセンターで募金活動を始めました。毎回多くの皆さんから募金いただきケニヤに送っています。また地域のライオンズクラブでも毎年、亀山大市で支援のバザーを開いています。
さらさんの出身の東京でも支援の輪ができました。

こうして集められた、お金はもちろん大切です。でもそれ以上に遠い母国から自分達を支援してくれる人たちがたくさんいる。そのことが励ましとなって市橋さんたちの活動の原動力になっているのです。
市橋さんたちの活動はケニヤの人たちの心を動かし一緒に働こうとする現地の人たちも集まってきました。
みんなが協力し2003年に念願のスラム地区への幼稚園もできることになりました。
でもそれは簡単ではありませんでした。親がひじょうに貧しく母親しかいなかったり字も読めない人が大半です。教材費どころか給食費だって払えない家庭の子がほとんどです。
子ども達の健康状態もよくありません。一日一回の食事がやっとで栄養不足で発育が悪く、お腹にはいっぱい寄生虫がいます。その日暮らしの毎日の生活で幼稚園での集団生活もできそうにありませんでした。

キューナ幼稚園で訓練をつんだ先生達の苦難の日々が始まりました。子ども達が規則正しく食べ遊び学ぶ、その習慣がつくまで繰り返し、がまん強く教えました。
さらさんは親に会い、なんとしても給食費を払うようお願いしました。お金持ちが代わって払えばいいと思うかもしれません。でもそれでは問題は解決しないのです。親が自分の子どもの将来に責任を持つためにも最低限の負担は必要なのです。お金が払えなくても子どもを幼稚園から追い出すことはありません。でも親が給食費などを払うようになるまで何度でも話しあいます。

先生達の苦労が少しずつ実ってきました。半年も経つと、お腹から寄生虫が消え子どもたちの目が輝きだし動きも活き活きしてきました。集団生活にも慣れマナーも言葉使いも良くなって来ました。遠足に連れて行ってもスラムの子どもだと信じてもらえないほどに変わってきたのです。先生達も「幼児教育ってこんなに素晴らしいの」と驚きと喜び、そして感動の日々です。

 

 

 

 


市橋隆雄さん(56歳)さらさん(49歳)たちの子ども達は、すくすく成長しています。一番上のハンナさん(21歳)は大学生。上の男の子のヨシュア君(18歳)も高校を卒業、お父さんの若い頃そっくりのしっかり者です。下の男の子のエリヤ君(16歳)も高校生。養子にしたリベカちゃん(10歳)もすっかり娘さんです。ノア君(9歳)もたくましくなってきました。

アフリカには星の数ほどの孤児がいます。今はたったふたりの子どもしか養えないけど、この子ども達がいつの日か一粒の麦から畑いっぱいに実るように自分達の意志をついで素晴らしいアフリカを創ってくれるかもしれません。
民族を、国籍を、血のつながりを超えた家族がいつも一緒に助け合い、どんなに苦しくても希望を忘れないで必ず良き日が訪れることを信じて生きています。
豊かさの中で私たちが忘れかけた家族のきずな、戦乱の無い時代に生きていけることの大切さを市橋さん家族から、思い起こしてみませんか。



「市橋隆雄さんを
支える会」のロゴです。
Amaniとは
スワヒリ語で平和の意味
赤は赤道
虹は希望のシンボル 


「市橋隆雄さんを支える会」は亀山市民と亀山中学同窓生を中心に2000年11月に発足しました。現在では広く亀山市以外の市民の皆さまや世代を超えて約150名の会員を有し会費(年間2,000円)と募金やバザーをつうじてケニヤの市橋さんに全額を支援金として送っています。
また国際協力の講演会等を開いています。
市橋さんはキリスト教牧師ですが私たちは宗教活動とは全く関係ありません。

市橋隆雄さんを支える会
Email   amani@kdn.ne.jp

ホームページ
 
支援金受付等 郵便振替口座番号
  00800−0−41891
口座名称  市橋隆雄さんを支える会      
       

この小冊子を読んでいただきありがとうございました。
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       「市橋隆雄さんを支える会」世話人一同
                 2005年1月

 
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