幼児体験          仙の石 50代 会社員 2003/5/20投稿
  もの心ついた頃、西の方向を見ると遠くに青い山々があった。
なぜ青いんだろう。近くの山は緑なのに。行ってみたいが、かなわぬことだった。親に聞くとあれは鈴鹿山脈といってよじ登るような急な坂ばかりで子どもにはとても無理だといわれた。
その青い山は様々の変化を見せた。緑っぽく近くにあるように見えたり、はるか遠くに薄く青く見えたり雲の向こうに姿を消したりした。
小学校4年生くらいのときだったか石水渓に連れて行ってもらった。長く細い道を延々と歩きとても遠くに来たように思えた。家ほどもある大きな石があった。天を突き刺すようなとがった山があり上のほうは霧でかすんでいた。こんなすごい光景はそれまで見たことが無かった。「鬼が牙」だがその名は当時は知る由も無かった。
これが遠くに青く見える鈴鹿山脈なんだとやっと納得できた。
中学生になると自転車で遠出できるようになり友人を誘って野登山に登った。頂上付近で登った証拠の熊笹をもって帰った。
もう一度行ってみたかった。友人はあんなえらいとこ、もうごめんだというので独りで行った。頂上のお寺から西に行くと大きな谷の向こうに更に高く大きな山が見えた。当時は名も知らなかったが仙ヶ岳だった。とても行けそうに無かった。家に帰って親父に言うと山に独りで行くものではないと諭された。
何十年かの歳月が流れた。石水渓は何度か行ったが山には登る機会が無かったし鬼が牙の絶壁を見ると自分には、とても無理だとあきらめていた。
子どもたちが小学生になると親子で入道岳や経が峰へハイキングに行った。味をしめて立山や富士山も登った。
しかし子どもたちも中学生になると親離れし一緒に行動しなくなった。でも山には引き続き行きたかった。独りで行くまでには壁があった。独りで歩くことへの不安感だけでなく山へ行く理由付けが無かった。
それでも勇気を振り絞って行くと単独行の人によく会った。
お互いその日だけの短い時間だが話もはずんだ。単独行の魅力を知ると、やみつきになった。もう誰からも止められる年齢でも無い。
子どものときからやりたかった独りでの山歩きがこの歳になって実現でき幸せである。
ところで中学生になると親から離れていった息子だが小学生のときに体験した山歩きや仲間同士での近くの林での基地遊びがそれからの生き方に影響を与えたようだ。自然への感動と畏敬、忍耐力、リーダーシップのコツ等を生きた形で身に付けた。それは生涯の宝物だろう。

幼いときからの原風景 鈴鹿山脈

 
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