鈴鹿の和歌集(その二)     愛知厚顔 70代 元会社員 2003/7/1投稿
  鈴鹿山さしてふるさと思ひ寝の
   夢路のすえひ都をぞ問ふ           (風に紅葉)

鈴鹿川八十瀬しらなみ分け過ぎて
   神路の山の春を見しかな    後京極摂政前太政大臣(新勅撰)

思ふことなるなけれど鈴鹿川
   八十瀬の浪に濡れつつぞゆく      斎宮女別当(物語二百)

ふり捨てて今日は行くとも鈴鹿川
   八十瀬の波に袖はぬれじや       光源氏 (源氏物語)

鈴鹿川八十瀬の波にぬれぬれず
   伊勢まで誰か思ひおこせむ      六条御息所(源氏物語)

かくてふるかひこそなけれすずか川
   八十瀬の浪のなにかへりけむ    かくれみのの前斎宮(風葉)

すずか河やそせの浪をへだてても
   わが神風に君を祈らん           越前(千五百番)

ふり初めていくかになりぬすずか河
   八十瀬もしらぬ五月雨のころ        俊成(新勅)

ふり捨てて人し越えなば鈴鹿山
   秋はもみじにゆずるせきもり      経泰(文治二年歌合)


鈴鹿山いせをのあまの捨衣
   潮馴れたりと人や見るらん         伊伊朝臣(後撰)

すずか山うき世をそよにふり捨てて
   いかになり行く我が身なるらむ       西行法師(新古)

すずか山関越えならず道すがら
   嶺の木の葉に秋風ぞ吹く        藤原良平(和歌所影供)   
まだ秋のしぐれふるぬるすずか山
   ならはぬ袖に色ぞうつろふ       よそ思ひの関白(風葉)

すずか山ふりぬる跡をみてぐらの
   秋のにしきになびく秋風         定衛(前摂政家歌合)

世にあれば又も越えけり鈴鹿山
   昔の今になるにやあるらん       斎宮女御(古今風体抄)

身を捨てて入りやしなまし鈴鹿山
   むかしを恋ひしとあとを尋ねて     権中納言(浅茅ケ露)

ふる侭に跡絶えぬれば鈴鹿山
   雪こを関のとざしなりけれ         九条内大臣(千載)

音に聞くいせの鈴鹿の山河の
   早くより我れ立ち渡るかな            窮恒(家集)

すずか山しずのおだまき諸共に
   ふるにはまさることなかりけり      知らず


すずか川八十瀬渡りて誰故か
   夜越えに越えん妻もあらなくに      知らず(万葉十二)

浮身かなふりぬる上に猶ふりぬ
   すずかの山の鈴虫の声              (拾玉)

鈴鹿河うき世の波に袖滴て
   ふりすてつべき我が身也けり          同

すずか河たかなをたてていせの蟹の
      塩たれ衣ふり捨てけん            (名寄)

鈴鹿なる関の山の端高けれど
   越えて過ぎゆく秋の夜の月           同

小萩原花にぞ秋はとまりける
   関やは風の守なのみして          鴨長明 (名寄)

すずか川のりの道より流るれば
   なれしちぎりも仏ならずや          (風に紅葉)

すずか河浪と花との道すがら
   八十瀬を分けし春は忘れず         後京極院(夫木)    
鈴鹿山関の戸あくるしののめに
   なお道たゆる嶺のしら雪            同 (月清)

すずか河とくる氷ものこりなく
   八十瀬うち出る波のゆふ花           光広(曙記)


鈴鹿山たよりの風をしるべにて
   ことずて渡るまつまののうら            (夫木)

すずか河あらぬながれも落ちそひて
   やせにあまる五月雨のころ         橘遠村(新後拾遺)

すずか川うかりし瀬瀬をすぐしきて
   すむ世ぞ神のめぎみなりける       従三位雅家(新続古)

鈴鹿川こほりや関となりぬらん
   やそせの水もゆきやらせぬまで        知らず(新続古)

すずか山むまや伝ひに関越えて
   いく日になりぬ古里の空          祥月法師(新続古)

七十のとしふるままに鈴鹿川
   老いの浪よるかげぞかなしき      前大僧正隆弁(続拾遺)

ふりはへてかくぞ尋ぬる鈴鹿山
   越ゆる人だにおとずれねども         小弁 (続拾遺)

はやくより頼みわたりし鈴鹿川
   思ふことなる音ぞきこゆる       六条右大臣北方(金葉)

鈴鹿川ふりさけ見れば神路山
   榊葉分けて出ずる月かげ         僧正行意 (続後撰)

みやこ出でて八十瀬わたりし鈴鹿川
   むかしになれど忘れやはする      式乾門院御匣(続古今)    

うれしきは名の聞へある鈴鹿川
   伊勢やあふみの中に流るる            豊種(詞花)

別れつつ袖にかけけり鈴鹿川
   八十瀬をかけしあとの白玉          後村上院(新葉)

わきかへり岩越し浪の高ければ
   山ひびかせる鈴鹿川かな           越前(堀川百首)

浪越る八十瀬やいつく五月雨に
   伊勢の鈴鹿の山川のみず             光俊(夫木)

鈴鹿山あまつ嵐やすそ衣
   川瀬の浪に花ぞしほるる         家隆(建保三年歌合)

鈴鹿川八十瀬の滝の音なきは
   氷やせきて結びこめけん               (名寄)

鈴鹿川河音高く月更けて
   声もすみ行く友千鳥かな    飛鳥井大納言(天文十一年歌合)

鈴鹿川八十瀬の浪も立ちつずく
   末はひとつのあさ霞かな            左衛門督〔同)

君をとふ道の中では超がたみ
   関の雄山のなからましかは             知らず

秋なればおもはゆるかな鈴鹿山
   鹿と霧とのたつかみの坂              知らず

塵ひじのつもりてなるを鈴鹿山
   登るか人の世にこえんとて       権少将国永(羽林詠草)

鈴鹿山神路の宮居ふりはへて
   よを立そめし天の御柱            三位行能(夫木)

月やしる身おばいかにと鈴鹿山
   越て嬉しき関路成らん         御製(天文十一年歌合)

おのずから峰の嵐や谷の水
   きねが袂にふる鈴鹿山             沢庵和尚(同)

鈴が音のはゆま駅のつつみ井の
   水をたまへな妹がただ手よ         知らず(万葉十四)

神も又幾万度むかふらん
   君が八千世のさかの下みち      権大僧都尭孝(伊勢紀行)

鈴鹿山春もやすらふ関路とや
   ふりはへ花の雪ぞ残れる           同

咲にけり坂の下てる姫つつじ
   遠き神代の春を残して            同

是も又袂にかけつ鈴鹿川
   八十瀬の外の春の藤なみ           同

鶯も音をこそ尽せ鈴鹿山
   ふる捨て行く春を恨みて           同

ふりはへて急がさりせば鈴鹿山
   花に幾夜のやどりからまし        紹巴(紹巴富士道記)

神無月しぐるる山はもみじ葉の
   いろぞ手向けのしるべなりけり        源兼澄(兼澄集)

万代をふるともつきじ鈴鹿河
   八十瀬の浪のたたんかぎりは          (郁芳三品集)

すずか山名にふりける関になお
   心をとむる花の下かげ        青木詠言(新歌さされ石)

鈴鹿山なお降りまさる白雪に
   関路越うき夕暮の空            幡野武豊(細江草)

鈴鹿山みわたりしよりあこがれて
   安濃の松原待つとつけはや         田辺満信(清地草)

鈴鹿山ふりすてぬ身の悲しさは
   老かがまれるこしをかかれて         宗長(宗長手記)

けふわたるかげはずかしき鈴鹿川
   八十瀬の浪を老のしはにて            同

伊勢人の心さしとて鈴鹿山
   ふりすてがたきこの茶せん哉         民部卿(再昌草)

すずか山時雨の雨の八重雲を
   ちわきに分けてさそふ夕風          雅直〔部類現業)

鈴鹿山戸ささぬ関を越えなれて
   駒も夜深き道やたどらぬ           通茂(新明題)

すずか山ふり捨てて行く人もなし
   関路の梢花になるころ            実業(新後明題)

旅人に今一ふくと立つる茶を
   ふり捨て越ゆる鈴鹿山かな       けんし(新旧狂歌俳諧)

  (続く)

 
塵ちじのつもりてなるを鈴鹿山
   登るか人の世に越えんとて      権少将国永(羽林詠草)

鈴鹿山神路の宮居ふりはへて
   世を立ちそめし天の御柱          三位行能(夫木)  
月やしる身おばいかにと鈴鹿山
   越えて嬉しき関路成らなん      御製(天文太神宮千首)  
おのずから峰の嵐や谷の水
   きぬが袂にふる鈴鹿山            沢庵和尚 (同)

鈴が音のはゆま駅のつつみ井の
   水をたまへな妹がただ手よ         知らず(万葉十四)

道ほそき関の馬屋の鈴鹿山
   ふりはえ過ぎる友よばふなり             為家

                                                (続く)
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